免疫とは、病気の原因となる物質を攻撃し、排除するための人体のシステムです。
免疫は、細菌やウイルス、寄生虫といった体の外から侵入する病原体のほか、がん細胞のように体の中で発生した異常な細胞も異物とみなし、攻撃の対象としています。
免疫学では、自分自身の正常な組織細胞のことを「自己」、免疫の攻撃対象となる敵のことを「非自己」と呼びます。
免疫を司る細胞にはさまざまな種類があり、互いに連携しながら「自然免疫」と「獲得免疫」という二段構えの仕組みで体を守っています。それぞれの免疫細胞の役割や、自然免疫と獲得免疫の違いについて詳しく見てみましょう。
免疫細胞とは、血液の中に存在する「白血球」の仲間たちのことです。白血球は、大きく「顆粒球」「単球」「リンパ球」の3種類に分かれており、それぞれが異なる役割をこなして体を守っています。
なお、白血球の仲間は血管の壁を自由にすり抜けて、ウイルスなどの敵がいる場所まで移動して活動することが可能です。この現象のことを「遊走」といいます。
顆粒球の仲間で、すべての白血球のうち50%以上もの割合を占めている細胞です。体内に侵入したウイルスなどや、体内で発生した異物を見つけ、取り込んで分解することで体を守っています。
この作用のことを「貪食(どんしょく)」といい、貪食作用をもつ好中球などの細胞は「貪食細胞」や「食細胞」と呼ばれています。
顆粒球の仲間で、主に寄生虫を攻撃する役割を担っています。好中球などには劣りますが貪食作用があり、ウイルスを攻撃することも可能です。白血球の中に占める好酸球の割合は、2~4%程度だといわれています。
顆粒球の仲間で、好中球や好酸球を問題のある部位に引き寄せる物質を出します。白血球の0.5%程度を占めており、アレルギーにも関連が深いといわれています。
単球の仲間で、強力な貪食作用を持ちます。ウイルスやがん細胞といった体にとっての敵を倒す役割のほか、寿命を終えた赤血球や白血球などを食べる役割も持つ、掃除屋のような細胞です。
また、抗原(ウイルスや異常な細胞など)の情報をT細胞に伝達する役割も担っています。
単球の仲間で、その名の通り樹木のような突起を周囲に伸ばしています。抗原の情報をT細胞に伝える役割や、T細胞を活性化させる役割を担っています。
リンパ球の仲間で、体内をパトロールするように巡回しています。
名前の「NK」とは、「Natural Killer」を略したもの。その名の通り生まれついての殺し屋で、他の細胞の協力なしに感染細胞やがん細胞を見つけて攻撃することができます。
また、このNK細胞は笑うことによって活性化したり、数が増えたりすることが分かっています(※)。
※参考サイト:健康長寿ネット「笑いの免疫機能・ストレスへの作用について」
https://www.tyojyu.or.jp/net/topics/tokushu/warai-genki/warai-menekikinou.html
リンパ球の仲間で、「ヘルパーT細胞」「制御性T細胞」「キラーT細胞」の3種類に分かれます。ヘルパーT細胞は免疫全体の司令塔のような役割を、制御性T細胞は免疫が暴走しないよう調整する役割を担っています。
キラーT細胞は、ヘルパーT細胞の指令を受けて出動し、感染細胞などを攻撃する兵隊のような細胞です。
リンパ球の仲間で、異物が体にとって有害かどうか判断したり、抗体を作ったりする役割を持ちます。また、一度倒した病原体の情報を記録し、次の侵入に備える役割を持つ「メモリーB細胞」に分化することができます。
自然免疫とは、人体が先天的に持っている免疫の仕組みのことをいいます。自然免疫を司るのは、好中球・好酸球・好塩基球、マクロファージ・樹状細胞、NK細胞です。
ウイルスなどが侵入したり、体内で異常な細胞が発生したりすると、免疫細胞たちはこれらの病原体の元へ向かい、攻撃を開始します。好中球やマクロファージは抗原(敵)を食べて攻撃し、樹状細胞はヘルパーT細胞に抗原の情報を知らせます。
自然免疫は病原体をいち早く攻撃できる一方で、血液の中に入り込んだ小さな病原体や、病原体に感染してしまった細胞に対処するのは得意ではありません。そこで活躍してくれるのが、次に解説する獲得免疫です。
獲得免疫とは、自然免疫から情報を受け取って動き出す後天的な免疫システムのことです。獲得免疫は、主にT細胞とB細胞が司っています。
樹状細胞やマクロファージによって抗原(敵)の情報が提示されると、T細胞たちが動き出します。司令塔であるヘルパーT細胞はB細胞に抗体を作るよう指令を出し、B細胞は作り出した抗体によって抗原を攻撃します。そして、キラーT細胞はウイルスに感染してしまった細胞やがん細胞などの元へ向かい、これを排除する役割を担っています。
抗原がいなくなると、制御性T細胞が戦いをやめるよう合図を出し、免疫の暴走を防ぎます。そして、メモリーB細胞が抗原の状態を記録し、次に同じ抗原が現れた時に素早く対処できるような体制を整えます。
一度かかった病気に再びかかりにくくなるのは、獲得免疫が抗体を作り、病原体の情報を記録しているためです。病気を予防したり、治りを良くしたりするワクチンも、この獲得免疫のはたらきを活かすことで機能しています。
骨髄とは、胸骨などの平らで長さのある骨の中心部にある組織のことです。
免疫細胞を含むすべての血液細胞は、骨髄で作られる「造血幹細胞」という細胞から分化することで生まれます。
また、骨髄は、T細胞以外の免疫細胞たちを成熟するまで育てる役割も担っています。
胸腺とは、心臓の上に覆いかぶさるように位置する臓器のことです。
免疫細胞のほとんどは骨髄で育ちますが、T細胞に育つ予定の細胞たちだけは胸腺に移動してから成熟します。
最終的にT細胞として活躍できるのは、体にとって敵となる異物を正確に識別できる優秀な細胞だけ。その選別は非常に厳しく、胸腺に移動してきた細胞たちのうち95%程度は脱落してしまうといわれています(※)。
※参考サイト:中外製薬「免疫」
https://www.chugai-pharm.co.jp/ptn/medicine/karada/karada023.html
人体を作っている細胞は、日々自分のコピーを作り出し、古いものから新しいものへと入れ替わっています。その時の状況に応じて、必要な細胞が不足していれば増殖し、数が十分であれば増えすぎないよう適切に調整することで、体の機能を維持しているのです。
細胞は、設計図である遺伝子の情報をもとに分裂を繰り返しています。ところが、何らかの原因によって遺伝子にキズがつくと、突然変異を起こした異常な細胞が生まれてしまうことに。遺伝子のキズによるコピーミスで生まれた異常な細胞、それこそが「がん細胞」です。
がん細胞は正常な細胞とは異なり、体の状況を無視して無秩序に増殖を繰り返します。がんによって体につらい症状が現れるのは、増殖したがん細胞が正常な組織を圧迫したり、壊してしまったりするためなのです。
さらに、がん細胞は「炎症性サイトカイン」という物質を大量に放出することで、栄養豊かな血液を優先的に自分の方へと引き寄せる性質を持っています。がんにかかった患者さんが栄養不良を起こしたり、痩せてしまったりするのは、この性質によるものです。
細胞のコピーミスによるがん細胞は、健康な人の体にも発生します。その数は1日あたり5,000個とも言われていますが、がん細胞もまた免疫細胞の攻撃対象のひとつ。免疫によってがん細胞が適切に排除されれば、がんを発症することはありません。
しかし、もともと正常な細胞から発生したがん細胞は、免疫細胞にとって「異物」と認識しにくい存在です。また、がん細胞はあたかも正常な細胞であるかのように装って、免疫による攻撃の手を逃れようとすることもあります。
がん細胞を認識し、攻撃する免疫のはたらきを高めることができれば、標準治療では対処しきれないがんも効果的に叩くことが可能です。そのため、免疫のはたらきを助けるような治療法が、今日でも盛んに研究されています。
免疫の力を活かした新しいがん治療として注目を集めているのが「光免疫療法」です。
光免疫療法とは、がん細胞だけに吸着する光感受性物質を注射した後、人間の身体に害のない近赤外光線や低反応レベルレーザーを照射して、正常な組織への影響を抑えながらがん細胞だけを破壊する治療法のことをいいます。
日本では、近赤外線を用いた近赤外線免疫療法が2020年9月に、他の臓器などに転移していない「頭頸部がん」の患者さんへの治療法として、世界に先駆けて承認されました。
光免疫療法には「免疫細胞に質の良い情報を提示できる」という大きな利点があります。
がん細胞に熱を加えたり、凍結させたりする治療法の場合、破壊されたがん細胞のタンパク質は変質します。このように、既に変質したがん細胞を抗原として認識しても、免疫はあまり上手にがんを叩くことができません。
一方、光免疫療法の場合は、がん細胞のタンパク質を変質させないまま破壊することが可能です。すると、免疫細胞はがん細胞の特徴をより正確に覚えることができ、効率よくがんを攻撃できます。
2021年6月現在は、胃がんや食道がんに対する近赤外線免疫療法の臨床試験が行われています。さらに研究が進み、光免疫療法が広く普及すれば、より多くの患者さんががんを克服できる未来がやって来るかもしれません。
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